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1. 漢方復興の蔭の大恩人
明治時代(1868-1912)は欧米のものなら何でも良く見えた、いわゆる「文明開化」の時代でした。世を挙げて西洋医学一辺倒の時代に「医界の鉄槌」(和田啓十郎著)(1910)が出版され、真摯な先人達がこれに続いて、その命を賭けた献身と尽力のお陰で、まさに「消滅の危機」にあった東洋医学は、今日、正しく真剣に検討されるべきものとして、一般に認識されるようになりました。かくして、和田啓十郎先生は漢方復興の大恩人とされていますが、なんでこんな大きな仕事が先生には出来たのでしょうか。
先生がまだ6〜7才の頃、家族の一人が難病にかかって、5〜6年間に、所謂、地方の名医十数人に診療を託したのですが、改善せず、羸痩(るいそう)*は益々加わり、腹脹*も更に甚しくなって、病人自身が全快は不可能と悟り、死を覚悟して、某漢方医にかかりたいと言い出したわけです。以前、家人はその漢方医のみすぼらしい外見を見て侮り、無視していたのですが、今回は病人の頼みでもありましたので、遂に診療を託すことになりました。約半年の服薬で病の大半が治り、その後、約1年ほどで完治してしまいました。
この出来事が少年の脳底*に深刻され、結局、後年、先生が東洋医学を研究し、その復興の口火を切ることの根本的な機縁になったわけです。今は全く名も知られないこの漢方医は誠になんと素晴らしい事をしてくれたものでしょうか。まさに、漢方復興の蔭の大恩人と言われてもよいような事をしてくれたわけです。
人間の一挙手一投足がいかに大きな影響を周囲に与えていき得るものであるか、大いに考えさせられる出来事でした。
(遠田裕政)
*注:
羸痩(るいそう):痩せ細ること。医学用語。
腹脹:腹が張って苦しい様子。漢方用語。
脳底に深刻:脳裏に深く刻まれること。(和田啓十郎先生の用語だそうです)
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