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7. 漢方復興の大恩人 (湯本求真先生)
前回に紹介した和田啓十郎先生の書かれた『医界の鉄椎』という本を読んで「古医道」に興味を持ち、質問をしてきた人達は数十名いたそうですが、本当に真面目に勉強し、その道を得ようとした人はたった一人しかいなかったようです。その唯一の人が湯本四郎右衛門氏(後の湯本求真先生)でした。
先生は金沢医学専門学校(現在の金沢大学医学部)を首席で卒業された駿才でしたが、長女を疫痢で失い、修得した医学(西洋医学)の頼み少ないことを痛感し、精神が殆ど錯乱しそうになっていた頃、『医界の鉄椎』に触れ、「感奮興起」して、その後の一生涯を漢方医学の復興に打ち込まれた方でした。
早速、手紙で何度も様々な質問を和田先生にしています。これに対して和田先生は懇切丁寧に手紙を書き、必要に応じて本を貸したりして、指導していかれました。お互いに顔を見ないままでの出来事であり、そして遂に一生、この世で会うことはなかったのです。誠に稀有なる感動的な「道」の上の師弟関係でした。
湯本先生は指導を受けて約3年後には、幾つもの立派な治験例を和田先生に報告するようになり、これらは『医界の鉄椎』の増補改訂版(大正版)に掲載されています。その後、約15年間、あらゆる艱難辛苦を乗り越え、文字通り生命を賭けた実践研究の末に創造されたもの、それが『皇漢医学』であったわけです。
従って、この本が昭和漢方界の代表的な名著と言われるようになったのも当然のことでした。また、多くの真摯な人達がこの本に触れて、漢方医学を研究するようになり、更に、そういう人達の影響で、一度は絶滅に瀕した日本の漢方が再び今日の如く、開花していくことになりました。この本は中国での「漢方医絶滅運動」に対しても有力な防禦の砦になったようです。
その他の様々な事柄について、より深く知りたい方々は、どうぞ拙著『近代漢方総論』(医道の日本社)をお読み下さい。
(遠田裕政)
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