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12. 変化
「万物は流転する」とはヘラクレイトスの言葉である。鴨長明も「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず・・・」といっている。
この宇宙のすべてのものは常に一瞬も休むことなく変化し続けている。何一つ変わらぬものはない。変化こそが普遍の真理。宇宙自体が変化しているのだから・・・。
自分の身近で起こっていることから、世界で日々起こっていることまで・・・。
快いと感じる変化から、不安や苦しみを思わせる不快な変化まで・・・。
川は常に流れているから清く、流れが停滞すると淀んでしまう。生命の流れも同じ。新陳代謝が常に行われているから、細胞は常に新しい生命力を得て、活気にあふれる。人生のながれもまた似ている。変化があるから、人は様々なことを経験し、成長する。
平成14年になり、大きな変化が再び自分の人生に訪れようとしている。再びというのは今までの自分の人生を振り返ってみていくつかの変化を経験してきているからだ。ただ、今にしてよくよく思うとその時にはめんどうくさかったり、不快に感じたりしていたこともあるが、結果的にその変化の度にそれより良い状況になっている気がする。だから、これから来る変化も不安よりもむしろ“わくわくする感じ”の方が大きい。変化をこのように感じているのは私だけだろうか。最も今にして思うと、古いこと―あるいは慣れ親しんだ物事というべきか―それにしがみつこうとする思いが強いと変化を不快に感じる度合いも大きかった気がする。しかし、結局“後で良くなっていたことがわかる”という事実を見ると、人生とはやはり、近視眼的に見ているだけでは何もわからないし、執着心が少ない程、苦しく感じる度合いも少ないのかもしれない。当たり前のようだが、この大きな変化を目の前にして、今新たにこのように感じている次第である。
何か大きな変化が訪れたとき、あるいは、不安や心配を感じる状況にあるとき、よくよく思いを沈めて観てみることだ。これは身動きがとれないと感じる状況でも同じだ。その時、何かにしがみつこうとしていないかどうか。宇宙の凡てが変化しているのに、こうあるべきだとか、こうありたいとか、自分勝手な考えや欲望に執着して動くのをためらっていないかどうか。多くの人は安定を求めるが、この自然の摂理に照らすと、実は安定とは幻想に過ぎない。大きな変化としてはっきりしてくるのに時間の長短はあるかもしれないが、物事は常に少しずつ変化している。もちろん、劇的に変わることもある。だから、安定を考えるよりむしろ、必ず変化するものであることをつねに心にとめておくほうがよい。常にこの姿勢で、目前の事柄に対処していくことが大切なのではないだろうか。その時初めて、一瞬一瞬の事柄がいかに貴重であるかということに気づき、もう二度とやってこないこの一瞬を最大限どうやって生かすべきかに全力を注げるようになるのではないだろうか。
「この一瞬にトータルな意識で臨むことそのものが“禅”であり、“瞑想”だ」といっていた人がいた。これは常日頃、自分に言い聞かせていることでもある。
あぁ、また自分勝手なたわごとになってしまった・・・。
(遠田弘一)
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