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24. 親バカのつぶやきー3
また、私事である。去年の暮れ(12月23日)に2人目の子(長女)が誕生した。この日は祭日で、他病院の当直にあったている日でもあったので、どうなることかと思ったが、幸い夜中のことだったので、出産にも立ち会う事ができた。立ち会い出産は、妻とも望んでいたことだったが、1人目の子(長男)の時は、仕事の都合で、15〜20分遅れで、間に合わなかったといういきさつがあった。
出産に立ち会うという経験は、めったにできることではないし、ひとつの生命の誕生というまさにその瞬間にいるわけで、やはりある種の感動がある。それまでは、お腹の動きなどで、「あぁ、ここに小さな命が一生懸命活動しているんだな」と感じることはできるが、まだ、その状態では海のものとも山のものとも知れない。それが、出産の時にはその子がまさに形をともなって目の前に出現してくる。生命の不思議というのは、至る所に満ち満ちてはいるが、普段の日常生活に埋没しているとそれを感じる感受性はだんだん鈍ってくるもので、折りに触れ、それを思い出す事柄に出会ったりして感動を新たにしているのが、自分を含め、多くの人の有りようではないだろうか。しかし、その中でも自分の子の出産に立ち会うということは一際大きい。
先日、何かのテレビ番組で、指揮者の小澤征爾さんとその娘がゲストで出ていて、いろいろなエピソードを紹介しながら、話を聞くという内容であった。
小澤征爾といえば、もちろん多くの人が知っている世界的にも有名な指揮者である。僕自身はクラッシックはまぁ、好きな方だが、月並み程度であり、そんなに事情通でもないため、この人のことはあまり知らなかった。この時の氏の有りようは、実に自然体で、いろいろなエピソードや話す内容から、物事に誠実に真剣に取り組んでいることが伺われた。また、世界的に有名になってきて、超多忙な状況にも関わらず、子供との時間を決して疎かにせず、大事にしてきたようである。いろいろな点で共感し、魅力を感じる人であった。これからは、意識的に小沢征爾さんの指揮する音楽を聞いてみようかなという気になった。
共感を感じる一つのエピソードとしては、世界各国を飛び回る忙しい中で、娘さんが誕生した時、“That's what it's all about”とつぶやいたそうである。もちろん英語の生活をしていたから、思考も英語の思考になっていて、思わずつぶやいたのだろう。どういう意味かというと、「音楽、音楽で忙しくしていて、生まれてくるまで、実感がなかった、というより自分のように忙しくしている者に子供ができるとは夢にも思っていなかったところへ、長女が誕生し、ああ、成るほどすべてはこ〜いうことだったのか、生きているというのは・・・という思いと自分のしていること、つまり音楽なんかほんのちょっぴりとしたことなんだなぁ・・・というような気持ちになった。」そうである。
まさに同感である。生命の誕生という大きな不思議に出会うとやはりもろもろの小さな事柄や、それに捕われている自分に思い当たるのであろう。
大自然の行っていることは、どこまでも奥深く、精妙であり、神秘を含みながら、ごくごくあたりまえに自然と行われていく。どんな活動でも人事を尽くすことや智慧を生かして生きていくことは、もちろん大切なことであるが、あまり、小賢しく成りすぎてせこせこと生きていくのは、大自然の営みからするとほんとにちっぽけな悪あがきに過ぎないと思えることが多い。やはり、折りに触れ、この大自然のありように触れる機会をもつことは、大事であると思う。そしてそれは、注意深くあれば、至る所に現れているものであろう。
(遠田弘一)
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