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30. 医療:その7
前回(医療:その6)は、「全体治療」の大切さとそれが東洋医学には有るのに、どうして現代医学(西洋医学)には無いのかを考察しました。
現代医学の学術的基礎は1885年にルドルフ・ウィルヒョウが提出した「細胞病理学」という「ものの見方・考え方」にあります。これは生命の基本単位は細胞であり、どのような細胞がどのような存在状態にあるかということで、「病気」が説明され、細胞がどのような状態になれば「健康状態」になるかと考え、追求していくわけです。病人を診察して治療をする時、病人の身体の中の細胞群の状態を常に推定し、その正常化を考えて様々な治療手段を追求していくわけですので、これはそれ以前の医療に比べて、はるかに高等な医療であり、生物学の進歩、現代技術の進歩と共に進展していく長所を持っているわけです。まさに、日進月歩の状態にあるものであり、本当に素晴らしいものです。
これに対して、東洋医学の学術的基礎は一体どんなものなのでしょうか。「細胞病理学」でないことは確かです。なぜなら、2千年以上も前に形成されてしまったものですので、当時の人達は「細胞」などというものは見ることも出来なかったし、想像することすら出来なかったからです。そこで病気を治す時、個々の病人の全体像の変化を、五感で知り得る範囲ですが、出来るだけ綿密に見て、それぞれの状態に応じて、どのような生薬の結合物が有効に働くかを研究していったわけです。すなわち、「細胞」のかわりに「個体」のあり方を基礎に、治療の仕方を開発していったわけです。
そこで私は、このような治療における根本的な「ものの見方・考え方」を「細胞病理学」に対比して「個体病理学」と名付けたのです(1972年、日本東洋医学会誌第23巻2号49頁)。このような見方に立てば、東洋医学の特徴に関する様々なことが、その長所も短所も含めて、一目瞭然になってくるのです。医療に関する「ものの見方」が一段と深くなることでしょう。
今後の東洋医学がいかにあるべきか、これは本当に大切な問題ですが、その最重要の特徴である「全体治療」の能力を更に発展させていく方向に進めていくべきであるということは間違いのないことでしょう。
(遠田裕政・遺稿その2)
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