以前のトピックス

31. 医療:その8

  前回(その7)は、「全体治療」という特徴を持っている東洋医学の学術的基礎が「個体病理学」という「ものの見方・考え方」の上にあるということを説明しました。
  大昔、人は病気になった時、その異和状態を治そうとして、様々な草木を、試行錯誤を繰り返しながら、服用していったことでしょう。これらの草木が現在の「民間薬」の源泉です。そのうち、甘草を加えると甘味がついたり、生姜と大棗の組合せと一緒にすると服用しやすくなるというような体験を通じて、生薬複合物を利用することの良さを徐々に知っていったことでしょう。そしてそれらの体験の集積が「条文」となり、その「条文群」がやがて一冊の本となって、結局、「傷寒論」という誠に貴重な、有難い「生薬治療」の本が約2千年前に誕生したのです。これが現代の漢方治療の根元にある本なのです。
  その後、同様な体験を通じて、様々な生薬複合物(薬方あるいは湯)が更に追加されていきましたが、あくまでも経験を集めた本でしたので、その薬方の作用メカニズムについては、あまり書かれていませんでした。そしてそれ故に、人体の持つ異和改善反応とそれに対する生薬複合物との対応関係が、理屈による歪みを受けずに、ありのままの姿で、この現代にまで残されてきたのであり、「全体治療」という高度な治療手段を可能にしてくれたのです。なんと貴重な、人類の叡智の遺産であることでしょうが、これを大いに活用しなければ、誠に勿体ないことです。
  人間というものは誠に「理屈」の好きな生物です。後の時代になると、様々な「空論」や「臆説」が隆盛となり、医療も「空論・臆説」に満ちたものが流行し、折角の経験則の書である「傷寒論」の薬方も使用されなくなってしまいました。約200年前、日本では医学の革命がおこり、「傷寒論」の薬方が再び使われるようになり、これが基本にある医術となりましたので、そういう医術革命の起きなかった中国の医術とはかなり異なったものになっています。
  この「空論・臆説」の代表的な観念論が中国では「陰陽五行説」であり、日本では「気血水説」です。こういう観念論に支配されている限り、医学としての正しい発展は不可能であるとして、それらからの脱却を目指して、近代的な基礎理論の上に伝統的な生薬治療術を再構築したものが「近代漢方」であり、当院で現在、実践されている漢方治療です。最も新しい近代的な生薬治療法と言ってもよいでしょう。その有効性の一端は、ホームページの治験例を見ていただければ、わかる筈です。

(遠田裕政・最後の遺稿)