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35. 三国志に夢中

  前回も歴史が面白いということで、トピックを書きましたが、今もまだ、頭は“三国志漬け”であるので、三国志について再び付け足します。
  北方謙三氏、および吉川英治氏の「三国志」を読み終わり、その他、三国志に関する読み物に目を通して、新たに陳舜臣氏の「秘本三国志」も読む必要を感じ、読み始めている。何故必要を感じたかというと、バランスをとるためである。
  三国志とは、舞台は中国、時代は2世紀頃(日本では“卑弥呼”のいた時代)、黄巾の乱の起こった184年から280年に晋が天下を統一するまでの間に群雄が現れて天下を競う時代の物語である。もっとも様々な英雄が亡くなり、諸葛亮孔明が没して(234年)後は、ぐっと色彩に欠けるというか魅力が薄れるため、上記の作家もそれ以降を書く活力が見出されないのか、詳述していない。したがって、多くの人の認識としては、184年〜234年までかもしれない。いずれにしろ、そのたかだか100年程度の間の物語である。最終的に魏・呉・蜀の三国が鼎立したことより“三国志”呼ばれる。結局のところ、魏が蜀を滅ぼし、魏の中の司馬一族の司馬炎が晋を建国し、魏、呉を滅ぼし、天下を統一することになる。
  三国が鼎立し、それぞれの歴史書や伝承が生まれ、晋が天下を統一してからは、晋に仕えた史官陳寿が「三国志」(演義と区別するため正史「三国志」ともいう)を編纂した。一方で蜀が魏によって滅ぼされ、民衆の中に生まれた判官びいき的なムードを基盤にして羅貫中が「三国志演義」(以下演義)を著わす。
  この演義とは、どちらかと言えば、蜀の劉備を正義とする見方に立っていて、魏の曹操を悪者に仕立てている傾向が強いものだそうである。中国などで、演劇や舞台で演じられる三国志はこの演義をもとにして、極端に劉備を正義、曹操を悪として描いていることが多いとのこと。確かに、勧善懲悪の方がはっきりしていて、日本人としてもそちらの方が好みであるかもしれないが、もともと、正義といってもそれはその立場でのものの見方であり、反対の者にはそれなりの主張も正義もあるのだろう。絶対善や絶対悪といううのは、物語には作りやすいが、あまり現実的ではない。
  北方謙三氏は、正史を題材に自分なりの「三国志」を描いている。これは、どちら寄りということもなく、登場人物それぞれが魅力的に描かれている。吉川英治氏は演義を題材にしているため、やはり、どちらかというと、劉備(蜀)寄りに書かれているようである。それに対し、陳舜臣氏の場合は、はっきり曹操(魏)の立場で書いているということなので、ある意味で楽しみである。
  曹操という人は、合理的な姿勢で物事を処理していった人のようである。人材を愛し、幅広く、有用な人物を(場合によっては、敵方の武将でも)取り入れていったことが、魏という国の底力となったのであろう。また、淫祠邪教を嫌い、そのような傾向を持った勢力(太平道、五斗米道など)は認めなかったが、浮屠(ふと)(仏教)は認めた(もちろん、武力を持って政治的活動をしない限りにおいてであろうが・・・)ため、中国に仏教が広く広がり、根づいていき、結局は日本にも比較的早い時期に伝来することになったのではないだろうか。日本の歴史の流れや文化なども仏教がかなり影響を及ぼしていることを思う時、曹操という人は日本にとってもかなり重要な存在なのではないだろうか。また、詩人としても評価が高く、単純に悪者と決めつけることが、いかに的外れであることかと思われる。最もかなり前から中国ではいろいろな歴史的人物の再評価がなされて、見直されてきているらしい。
  私の場合、北方氏の「三国志」から読み始めているため、幸いにしてどちら寄りという姿勢も生まれていなかったし、人物それぞれに対する魅力を感じてもいたので、様々な立場での三国志を知ることに非常に興味がある。幸い、今書店にいけば、三国志やその時代に登場する人物に関する読み物は豊富にあるので、しばらくは楽しめそうである。

(遠田弘一)