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天才、モーツァルト

 しばらく、忙しくしていたため、トピックの更新がおろそかになっていましたが、今回はモーツァルトについて、思うことを書いてみます。
 モーツァルト生誕250年ということで、最近さかんにテレビで特集番組があります。
 モーツァルトの曲は街角やテレビでよく流されているためでもあると思いますが、曲名も作曲者も不明のまま自然と頭に入っていて、後で「あっ、これはモーツァルトの曲だったのか」ということが多い気がします。つまりモーツァルトの曲は自然と頭に入るようなメロディであるということでしょうか。
 モーツァルトの曲は私も好きで、今ではよく聞いています。もともと、私の父がクラッシックが好きで、勉強をしながらよくレコードをかけていました。特に好きだったのがベートーベンで、私も机が一緒の部屋にあったので、小さい頃から自然とベートーベンその他のクラッシックが頭になじんでいました。また自分一人でもよくベートーベンを聴いていたように思います。しかし、小さい頃に自分でモーツァルトを意識的に聴いたような記憶はありません。よくよく考えてみると、もっと後になって、「能力開発のための音楽」のようなキャッチフレーズで、モーツァルトの曲が使われていたCDをレコードショップで見かけたのが意識的に聴くきっかけだったかもしれません。その後は、妻が妊娠した際に、「マタニティモーツァルト」なるものを買ってきたり、子供が生まれてからは、子供の感性を伸ばすためということで作られた一連のシリーズものの一つである「ベイビーモーツァルト」というビデオを買ったりして自然とモーツァルトの曲に接する機会が増えてきたように思います。今では朝食の時に必ず、モーツァルトの曲をかけて、妻や子供達と食事をしています。最も、長女に途中で曲を止められ、子供用の曲の入ったCDに変えられてしまうこともしばしばですが(親の心、子知らず・・・)。
 この間も、「モーツァルト 生誕250年目の真実」というようなタイトルでテレビの特集があったので、見てみましたが、本当に天才というのはこの人のためにあるような言葉なのかなとつくづく思わされました。有名ないくつかのエピソードを挙げるなら、3才の頃に、父親が姉にピアノを教えていて、それを横で見ていただけで、すらすら弾き始めたとか、5才にして初めてメヌエットを作曲したり、また当時ローマでシスティーナ礼拝堂でしか歌うことを許されなかった「ミゼレーレ」という聖歌がありました。これは9つの音階からなり、複雑なハーモニーを伴って、約12分間合唱されるもので、当時は楽譜などを外に持ち出すこともできなかったため、何人もの音楽家がこの曲を譜面に起こそうとして挑戦したが、だれも果たすことが出来なかったものを、モーツァルトはたった1度聴いただけで、そのすべての音符を楽譜に書き写すことが出来たと言われています。今の世に残る名曲の数々も、時には人と話をしながら、頭の中に既に完成している曲をさらさらと書き写していったそうです。そしてそのほとんどが、書き直した形跡がないとも言われています。
 小さい頃から示していた才能を父親が見抜き、それを花開かせようという父の並々ならぬ努力によってヨーロッパの舞台で、華々しいデビューを飾ったのに比べ、成長してからは、時代や環境の様々な状況とともにモーツァルト自身の人格的な問題(モーツァルトに関してはその音楽的なすばらしさと人格の下劣さというか非常識な振る舞いが共存していたというようなことが言われています)もあったためか、よい就職が出来ずに、貧乏な暮らしや苦節の日々に耐えなければならなかったことも多かったようです。
 就職活動の目的で母親と一緒に旅に出て、旅先で母親を病気でなくしてしまうようなこともあり、さらに苦節を経た後、ウィーンでめざましく活躍する時期もあったのですが、妻が精神的な病に罹り、浪費癖もあったために、生活苦は相変わらずで、また長男や三男が、あいついで病死するという不幸を味わい、さらに最も敬愛していた父も病気で失いました。しかし、苦節の日々を過ごし、不幸に出会う毎に彼の曲もいっそう透明な美しさを帯び、深みを増していきました。
 晩年(といってもかなり若いのですが・・・)に近づくと、死の影も見え隠れし、それに向き合って行くことになり、最終的にはその心に「死」さえも親しいものとして取り込んでゆくような境涯にいたったかのようです。
 人は誰でもそうですが、人生の喜怒哀楽や様々な試練を経て、より成長してゆくものと思います。しかし、天才的な感性や能力を与えられた者は、その与えられたものを大きく花開かせるために、人一倍の試練を与えられるのでしょうか。モーツァルトの生涯を考えるとそんな気もしてきます。確かにのほほんとした生活から、ああいう優れた作品が生み出されるとは思われません。モーツァルトが亡くなった時は、ほんの数人の人の手によって、誰が誰だかわからないようなそこらの共同墓地に捨てられるように埋葬されたようです。
 このような生涯を見ると、「天賦の才能(天才)」とともに、もれなく「極端につらい試練」というようなものが付いてくるなら、「天才はいらないかなぁ〜」なんて、ふと思ってしまいました。最も、天才無きまま既に、人生の大半を過ごしてきている私には要らざる心配のようです。

(遠田弘一)