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平成19年を迎えて―走馬灯―

 新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 さて、先日(12月の中頃)、NHKの大河ドラマが終了しました。毎回そうですが、番組が最後に近づいてくると、回想シーンが増えてきます。そして今回も回想シーンを見ながら、「知らないうちに、ちゃんと年齢を経てきたメイキャップになっているなぁ〜」と関心したわけですが、それと共にふと連想したことが、「走馬灯」ということでした。
 人は、人生の最後の瞬間に自分の辿ってきた人生を走馬灯のように一瞬のうちに脳裏によみがえらせるということが言われています。これが、もれなく全員に起こる現象なのか、少数の人のみに起こる特殊な現象なのかはわかりません。もう少し別のいわゆるスピリチュアルな(その手の本で得ただけの)情報によると、自分の人生のみならず、自分と関わったすべての人の立場の見方、感じ方さえもその一瞬で経験を共にし、魂の成長につなげていくというようなことが書いてありました。これは、「人間の存在」とか「輪廻転生」ということを含めた哲学・宗教観によって意見の異なるところがあると思いまし、結局の所、自分がその瞬間に至らないとわからないことですので、真偽は決められません。しかし、顕在意識や潜在意識に刻印されたさまざまな人生経験が電気信号として脳内を一瞬に駆けめぐり、自分の人生を「走馬灯」のように再体験するようなことは十分ありそうに思えます。
 その時最後の瞬間に、既に経てきたそれらの経験をどのように受け止められるか、恥じ入って、死にたくなる(?)のか、すべてをあるがままに受け入れられる心境になっているのか、は人によっていろいろでしょうが、自分としては出来れば後者でありたいと思います。そのためにはどうすればよいのか?
 もう既に過ぎ去ってしまった過去についてはどうしようもありません。反省すべきところがあれば、今後の経験への糧にしていくしかありません。
 さて、「今後」という言葉もなかなか問題のある言葉です。何か問題を「未来」というところに押しやってしまい、下手をすると「今」をおろそかにしてしまうかもしれません。「未来」というのは、常に「今」となって現れてきます。何かできるのは、「今」です。「今」というこの一瞬をどれだけの意識を持って感応できるかということにつきます。以前も似たようなことを書いた気がします。これは、いつからやるということではありません。年始であろうが、年末であろうが、1年365日、1日24時間、常に心しておくべきことでしょう。新年に当たり、自分自身への指針としてここに記して置きたいと思います。

(遠田弘一)