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親ばかのつぶやきー6
今月から新しい年度が始まりました。いろいろな職場や学校などで、新入社員、新入生などがそれぞれ抱負を持ち、新たな生活が始まっていることでしょう。また、例によって私事ですが、うちの長男もいよいよ小学1年生となりました。ついこの間、幼稚園の卒園式があり、小学校の入学式がありました。出席出来たのは、日曜日に行われた卒園式のみでしたが、感慨深いものがありました。長男は、生まれてまもなく、アトピー性皮膚炎が始まり、その後、喘息もでるようになり、アトピーの痒みで泣くため、こちらも眠れない日々が続きましたし、喘息発作が深夜に出て、病院へ連れて行って吸入させたこともありました。今は、両方ともほとんど落ちついていて、特にそれで悩まされる事はなくなってきています。また、この子はしゃべるのが比較的遅かったので、「本当にしゃべることができるようになるのであろうか?」などという月並みな不安を感じたこともありましたが、それもすでに過ぎ去って久しくなります。最近のことでは、他の友達はもう自転車のコマなしを平気で乗っているのに、この子は乗れないでいる上に練習もろくにしていなかったので、「乗れるようになるのは、小学校入学後になるかな?自分も確か小学2〜3年生くらいで乗れるようになったから、まぁいいか」などと思っていたら、この2〜3週間のうちにみるみる乗れるようになってしまい、今では公園で自由に乗り回しています。
「親のいらぬ心配をよそに子供は子供なりの人生をせっせと歩んでいるのだなぁ」と改めて思わされます。
2番目の長女は、幼稚園へ行くのを嫌がりながらの1年でしたが、それなりに通い続け、もう年中さんになりました。この長女は、家で一番自己主張の強い子です。自己主張は、ややもすると我がままになりやすいので、しばしば手を焼きますが、うまく伸ばしてやれば、今の世の中で、しっかりと自分の個性を表すことができるたのもしい性格でもあります。
さて、3番目の次男ですが、今では上の2人を追いかけ回して、歩き回っています。この子は、まだ1歳と3ヶ月なので、まだ海のものとも山のものともわからないのですが、この間、玄関の外の2〜3段ある階段で、私が両手を持ったまま降ろそうとしたら、身体は後ろに引いて抵抗していました。その時は、そのまま空中遊泳で着地させ、その後、公園に連れて行きました。公園内の道路上ではちょっとおぼつかないながらもヒョコヒョコ歩いていましたが、やや傾度のある芝生の坂道にくると、ほとんど平坦に近いにも関わらず、用心深くしゃがみ込み、ハイハイのポーズで後ろ歩きを始めました。安全なところでは立ち上がり、少しでも不安なところでは、上記の歩行(?)を開始するというようなことを何度も繰り返しました。「なるほど、何もわからないようでいて、ちゃんと自分の能力を見極め(己を知り)、判断した上でそのような行動をとっているわけだ。そういう大切なことが、こんな小さな子供にも備わっているんだ」と思わず笑いながらも感心させられたわけです。しっかり、ビデオ撮影したことは、言うまでもありません。
今ちょうど、NHKの大河ドラマで、軍師(?)山本勘助を中心に「風林火山」が放映されていますが、この「速きこと風の如く・・・」で有名な孫子の他の言葉に「彼を知り己を知れば百戦殆からず」というものがあります。
この「己を知る」ということは、いかに大切なことでしょう。上記は戦に関してのことなので、意味合いは違うかもしれませんが、ソクラテスで有名なデルフォイの神殿(アポロンの神殿)に刻まれていたという言葉も「汝自身を知れ」ということですし、悟りを開き80歳で入滅するまで人々を教化していった仏陀が最後に遺した言葉も「あなた方の行く道を照らすのは私ではなく、あなた方自身に他ならない」というような意味であったということを聞いたことがあります。つまり「己を知る」ということにつながります。ある意味では、すべての人はこのこと(「己を知る」こと)のために今の人生を生きているのかもしれません。
今の世の中、己自身を知らずにいる人がいかに多く、そしてその無自覚(無意識)な行為によって世の中を乱していることか。もちろん、自分自身も例外ではなく、ふと気がつくと無意識に行動していることがよくあります。というより無意識に行動していることの方がはるかに多いようです。
己自身を知るということは、瞬々刻々の自覚であり、終わりなき道でもあると思います。
一生続く、成長の指標でもありましょう。
年度も改まり、日々瞬々をますます意識的に生きていきたいと思います。
(遠田弘一)
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