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前回は、当院に来院する患者さんで最も多い皮膚疾患において、専ら生活習慣における重要事項につき注意しておきました。本日からは漢方医学の勉強として、各処方についての解説やその時々に感じること、思いついたことなどを、私自身の知識の整理のような感覚で記載していきます。内容としては、一般の人にはやや難解なものになるかもしれませんし、時には雑談程度の内容になるかもしれません。また、この勉強会で解説する根拠となる考え方は、私の父(故 遠田裕政)が、生前自らの研究によって体系づけた「近代漢方」という考え方に従っており、父の遺した一連の書籍(傷寒論再発掘および近代漢方シリーズ)と、父からかつて教示されたこと、および、まだまだ経験としては日が浅いのですが、自分自身の臨床経験に基づいています。従って、巷に流布されている漢方医学の内容とは違った趣きになると思いますので、その点につきましてはご留意ください。さらに理解を深めたい方や興味のある方は、近代漢方の書籍を参考にしてください。

近代漢方に基づいて記載していくため、その都度似たような解説を加えると大変なので、始めはその基本となる事項についてまとめて触れておかなければなりません。難しいかもしれませんがお付き合い願います。

本日は、[1]西洋医学と東洋医学の違い、[2]漢方医学の伝承の大きな流れ、[3]一般に行われている漢方とその問題点、などについて述べてみます。

[1]西洋医学と東洋医学

まず、西洋医学と東洋医学という大きな違いについて説明してみます。

■西洋医学とは
西洋医学とは何かというと、今皆さんが身近で受診している医療をいい、普通に医学といえばこの現代西洋医学のことを指します。この学術的基礎は、1855年、ルドルフ・ウィルヒョウが提唱した「細胞病理学」に基づいています。これは“細胞”というものを単位として人体を見て、この立場(ミクロ的な視点)から病気やその治療法を考えてゆくもので、病に苦しむ人を見たとき、どこの臓器あるいは器官で、どのような細胞群がどのような変化を起こしているのかを追求し、それらの細胞群にどんな影響を与えるのかという理屈の上で治療手段(局所治療)を考えてゆくものです。

■西洋医学の利点
西洋医学は、臓器や器官など対象が限局されているため、治療効果の範囲が明確となり、一定の効果が得やすく方法が画一的なものとなります。これは治療法および効果判定における一定の基準も得やすくなるため、学術体系として成り立ちやすいという利点があります。

■西洋医学の欠点
逆に欠点としては、下記のような項目があげられます。

どんな細胞群がどんな変化を起こしているのか不明、すなわち診断が定まらない。
(病名が不明の)場合、原則として治療法が定まらない。

たとえ治療法が定まりその治療法を施行して、ある細胞群には良い効果を与えても別の細胞群には悪い影響を与えるということも大いにあり得るので、「副作用」が常に問題となる。

診断がつけば、難治性のものは別としてある程度治療法も定まるため、現在のように様々な検査法が確立されている状況では、医者の診察は形式だけで、後は主に一連の検査に任されるという形態が主流となり、医者と患者の関係はごく表面的なものと成りやすい。

局所的にのみものを見るため病気を見て人を見ない、すなわち複雑、微妙な調和を保って生きている生命体である人間に対し、どこの部品が悪いのかというように機械仕掛けの物を見るような傾向に陥り易いということもあり、患者さんの立場からすれば医者に対する不信感をつのらせる一因ともなる。

局所治療であるため、病気の数だけ薬も増える。

■東洋医学(≒漢方医学)とは
「東洋」とは広い意味では、トルコのイスタンブールとウィスキュダールの間にあるボスポロス海峡以東を言い、一般的にはインドや中央アジア・西南アジアまでも含まれることになります。しかし日本ではインド・中国・日本の地域を限定して呼ぶのが普通です。従って東洋医学というとそれらの地域で発達した伝統医学を言うのでありますが、日本では一般にもっと狭い意味に解して、中国から伝来し日本で発展した医術(いわゆる漢方)のことを言います。

東洋医学の基本的な立場は、全一体としての個体の存在状態を出発点とするもの(「個体病理学」故遠田裕政命名)で、いかなる個別的な症状も全体の中の一つとしてみるのであって、一つ一つをそれだけ切り離して見ることをしません。常に全体のある存在状態がそこに特殊な表現をしているものとして、個々の症状を把握するようにしています。そして、全体の存在状態の異常を是正することによって部分の異常も是正されるのだという立場に立ち、具体的な治療手段(全体治療)が追求されてきたものであります。具体的な例として、例えば皮膚病などに対しても病変部分に軟膏をつけて部分的に治そうとするのではなく、その病人がいまどんな状態にあるのか、例えば口渇はあるのか、大小便の具合はどうか、発汗の具合はどうか、めまいや立ちくらみはないか等々、その個体の情報をよく集めて総合的にその個体の異常状態についての漢方的診断、すなわち「証」をとらえ、その「証」に対応した薬方を与えることにより全体としてのあり方が改善され、やがて皮膚病変も共に改善されてゆくとしています。
次に東洋医学の利点と欠点を項目としてあげてみます。

■東洋医学の利点
東洋医学では「証」に応じて処方を決めてゆくので、病名が定まらなくても、すなわち数多くの臨床検査を施行しなくても治療法が決められる。

「証」を得るためにはある程度十分な時間をかける必要があり、患者さんの話もよく聞かなければならないため必然的に医者と患者の間により良い信頼関係が築かれやすい。
(最も信頼関係とは個人間のものであるので、西洋医学か東洋医学かということではなく、誠実に患者さんと向き合っているかどうかによります)

体全体の異常を改善し体質なども改善していくため、一つの処方で複数の症状が改善される可能性がある。

個体を主に対象としているため、西洋医学ほど副作用を心配しなくてもよい場合が多い。
(副作用が全くないわけではありません。このことは、また別のところで述べます)

■東洋医学の欠点
東洋医学では個体そのものが対象であり、患者さんの自覚症状の改善をもって効果判定をしていくことが多いため、治療効果が西洋医学ほど明確には決められず客観的評価が難しいことになる。

東洋医学では「証」のとり方を含む病態のとらえ方は経験によっても多少違い、それに応じて治療法も異なってくる。また迷信も多く、考え方の根拠として(陰陽)五行説や気血水説のように前近代的概念を用いているため、共通の基盤としての医学的体系が成り立ち難い状況にある(後述)。

西洋医学では薬の投与方法として、経口、皮下注、筋注、静注、坐薬等、種々あるのに対して東洋医学では経口投与が原則であり、従って何らかの理由でこれができない場合は治療を施せない。

■漢方の伝承
漢方の歴史は数千年の長きに渡っており、下記のことは正確にわかっていることというよりも、大きな流れとして推定されることのみ記しています。ここでは、歴史を紐解くことが目的ではありませんので、詳しい歴史に興味のある方は他書を参考にしてください。

いろいろな病に対する民間療法(おもに生薬を単味で使用)が生まれ、主に口伝により伝承され広く行われるようになる。

単味で使われていた生薬が組み合わされ複味の使用経験が生まれ、多数の経験がそれぞれ独自に伝承される。

今から約1800年前、中国の後漢の時代(A.D.25〜220)に『傷寒雑病論:しょうかんざつびょうろん』(張仲景)という本が書かれる。(張仲景一人が書いたというより編集長のような立場だったかもしれません。そして現在の『傷寒論:しょうかんろん』と『金匱要略:きんきようりゃく』の二書がその原形を伝えているとされています)

<傷寒論>
傷寒とは一般に急性熱性疾患を意味し、傷寒論とはその治療を論じたものであり、病の初期から末期までの病態を大きく三陽(太陽、少陽、陽明)と三陰(太陰、少陰、厥陰:けっちん)の6病期に分類して、それぞれの病期の姿や転変やその対応策を論じている。(人体の闘病反応あるいは異和改善反応の変化とそれに応じての対応策について論じられていて、漢方独特の考え方が含まれ、漢方を学び、研究していく上で非常に重要な書物です)

<金匱要略>
主として雑病(いろいろな病気、多くは慢性のもの)の形態や症候をあげて、これに対する対応策を論じている。(現代の西洋医学でも消化器・循環器…と大きく器官別に分類し、個々の病名をあげてそれらについて病因・病理・症候・治療・予後というような順序で説明されており、この金匱要略も特徴としては、若干似ています)

■傷寒論と金匱要略の変遷
漢方医学の重要な書物である上記2つの書物も時代の流れと共に様々な変遷を遂げてきました。具体的には、中国において「陰陽五行:いんようごぎょう)説」という考え方が生まれ、その後医学・天文学から生活全般に至るまでこの考え方が支配的になり、その影響の元に現在まで伝えられてしまいました。大きな流れとしては下記の通りです。すなわち、

1)原始傷寒論(康治本傷寒論:こうじぼんしょうかんろん)→初期傷寒論→後期傷寒論
2)初期金匱要略→前期金匱要略→後期金匱要略

という2つの大きな伝承の流れがあり、一般的に時が経てば経つ程、もともと生体の自然な反応についての観察結果を素直に記載した「成文」あるいは「原始条文」に「陰陽五行説」によって影響を受けた考えや言葉が追加されて伝えられるようになってきたと考えられます。さらに、康治本傷寒論と初期金匱要略の比較によって康治本傷寒論の方が古い形態であることがわかってきましたので、傷寒論を研究していく上で康治本傷寒論は最も重要な位置を占めていると言えます。というのも後々に加えられてきた観念論の影響が最も少ない形態を留めていると言えるからです(最も古い形態の傷寒論については様々な議論がありますが、父は自らの研究で「康治本傷寒論」という書物が最も古い形態であることをつきとめ、これを「原始傷寒論」と位置づけております。詳細は「傷寒論再発掘」参照)。

次に今現在巷にある漢方の考え方(陰陽五行説、および気・血・水)ですが、これらは近代漢方的にみると前近代的であり、このような基盤によっていては漢方医学の本当の価値は忘れられ、やがては形骸化していき埋もれ去ってしまうことを父は危惧しておりました(近代漢方総論参照)。これから近代漢方の解説をしていく前に、上記の考え方の簡単な紹介をしておきます。

◎陰陽五行説
中国ではもっぱらこの考え方に従った漢方が主流と考えられます。

◎陰陽説
もともとは、あるものの性質について「有」と「無」とに分けて考えていく合理的な考え方で、生体の異和改善反応(人体の闘病反応)が積極性兆候をもっている時期(陽)か、そうではなくなった時期(陰)かを表現するものでしたが、途中から隆盛になってきた陰陽五行説によって形而上学的な概念の表現に使われるようになってきました。すなわち人は「陰の気」と「陽の気」の結合によって生まれその分離によって死に、「陰陽二気」の不調によって病気になるというような表現に変わっていきました。

◎五行説
考察の対象とするあらゆるものの性質をすべて5つの属性(木・火・土・金・水)に分類し、その優劣関係を円環的に閉じこめ(相生関係:そうせいかんけい)、さらにこの中に一種の対立関係(相克関係:そうこくかんけい)を持ち込んで、それらを上手に回転させることによって理屈付けするものです。それによって宇宙のあらゆる現象を説明し推定していこうとするものですが、この考え方の中に矛盾というかその時々で相克関係の強弱などを都合よく決めることができ、実学である医学の基盤にはなり得ません。

◎気血水(き・けつ・すい)説
日本における漢方のほとんどがこの気血水説に従っていると考えられ、それぞれの先生方でこの捉え方もまちまちであると思いますが、漢方関係の書籍としてはどれも同じような説明になっていると思いますので、手元にある「現代漢方医学入門」(水野修一著)から引用させていただきます。

気:作用だけあって形のないもので、生体の運動や機能を発現させるエネルギー的なものと考えられている。血と水によって全身をめぐっており、陰陽論では陽に属するとされている。現代医学の目でみればその多くは自律神経の作用を指しているようで、一部には内分泌系の作用や免疫系の作用をも含んでいると考えられる。

血:本来赤い血液を指す語であるが、漢方医学で用いる血とは血管系の障害を想定しているようである。したがって血の異常という場合、血液そのものの異常というようり、末梢循環障害に関連した症状を想定していると理解した方がよいようである。

水:津液とも呼ばれ、生体内の生理的な水液をすべて指す。リンパ液・汗・唾液・胃液・腸の消化液・尿・鼻汁や気管支内分泌液・髄液などである。

気血水説に関しては、多くは上記のような説明がされていると思います。このうち「血」や「水」に関して特に異存はありません。近代漢方でも水分(つまり生体内の生理的な水液)の移動に注目していますし、「血」の異常に含まれる「お血」という病態―遺伝的関係、熱性病、打撲等による内出血、うっ血、婦人科疾患の月経異常、妊娠分娩の異常等が原因による冷え症、各種の出血、生理痛、生理不順、不妊症その他―を診察時に注意するようにしています。西洋医学的にも何らかの形で把握できる項目だと思います。しかし「気」に関しては今のところ、何らかの形で測定できるものではありません。上記の書籍の著者の場合は「現代医学の目でみればその多くは自律神経の作用を指しているようで、一部には内分泌系の作用や免疫系の作用をも含んでいる」というように西洋医学的な見地からの作用を想定していますのでまだ良いのですが、他の書籍では「目に見えないエネルギー」というあたりで解説が終わっているものもあります。

人間の身体全体に働きかけていく漢方の機序は結局のところ、人体のしくみがすっかり解明されなければ細かい機序は説明不可能ということになります。もちろん西洋医学にしても、人体のしくみが解明され尽くされたわけではありませんのでまだまだ不明なことだらけではありますが、細胞病理学という客観的な基盤に依っている体系学であり、その論拠から共通の討論が可能となり発展してきた医学として今日の隆盛をみています。それに対して陰陽五行説は、近代精神からみて観念論の域を出ませんし、気・血・水説も「血」「水」はともかく、「気」という客観的に測定できないエネルギーという曖昧な要素が含まれています。

このような曖昧な要素が含まれたままの従来の漢方では、何かを討論したり、検討したりする際に肯定も否定もできず、好き勝手な解釈がいくつも生じ共通の知見が得られにくいことになります。そうすると学問としての体系が構築されないことになり、その将来の発展性に疑問を持たざるを得ません。

漢方治療は経験に負うところが大きいため、前近代的な考え方に従っていようと経験豊富な先生であれば、もしかしたら非常に有効な治療をされているかもしれません。しかしそれを伝える際にきちんとした体系の中で検討することができないと、やがてその貴重な経験は失われていく可能性があります。今は医者になれば漢方のことをあまり知らなくても漢方薬を処方できる時代です。それぞれの専門分野において、新薬の代わりに漢方薬を投与(つまり、病名に対してよく使われている漢方薬を適当に選択して投与)して、何らかのエビデンス(証拠―すなわち科学的根拠)を出すというような流れになっている時代です。上述した漢方の形骸化とはまさにこのことです。使われているのは漢方薬ではあるけれど、その使い方は全く漢方ではなく、西洋医学のやり方なのです。こういった方法で得られる情報がすべて無意味というつもりはありません。それはそれで有用な情報と思います。しかし、それは漢方医学がきちんと体系づけられていてこそ本当に生かされる知見です。将来、漢方がきちんとした形で伝えられていくためには、 まず前近代的な概念を用いずに客観的な検討ができるような漢方学の体系を構築することが重要と考えます。

例えるならば、すばらしい無数の絵画(現在までに伝承されている処方郡や有用な知見の数々)が建物のない敷地に雑然と並べられているようなものです。そのままでは雨風にさらされ(西洋医学の流れに飲み込まれ)、やがて崩れ去ってしまうことは誰の目にも明らかでしょう。まずやるべきことは、それを飾るための建物を建て(漢方の体系を構築し)、雑然と並べられた絵画(今までに伝えられてきた処方郡や有用な知見)を分類し、建物のしかるべき位置に飾る(漢方を有効に使えるように位置づける)という作業が必要と考えます。

父の提唱している近代漢方は前近代的な概念は使わずに、生体反応として客観的に認識できる個体の病態を基にマクロな視点から体系づけている一つの試みと私は認識しています。近代漢方というこの体系から、今まで雑然としていたであろう漢方処方の成り立ちやしくみがかなりはっきりしてきていると考えられますし、漢方処方の有効な使い方も以前よりも容易になる可能性があります。また、これを基にある程度の共通の検討も可能であろうと思われます。細かい機序は今後の人体の解明が進むにつれて取り入れていけば良いと思います。

というわけで、西洋医学と東洋医学の違い、漢方医学の伝承の大きな流れ、今行われている漢方とその問題点などにつき簡単に解説してきました。それぞれの項目は詳細に説明すれば、数冊の書籍になりそうですので、不十分なことは明らかですが、足りない部分は他の書籍によって各自で補ってください。

私自身は、漢方はおろか近代漢方をまだすっかり身に付けたわけではなく勉学途中の身ですので、ここでの勉強会は既述しましたが自分自身の知識の整理という意味合いが濃厚であり、ほんの少々紹介出来る程度に過ぎません。やはり近代漢方に関しての詳細は、父の著した書籍を直接読まれることが何よりです。

以上で今回のテーマを終了したいと思います。
次回は、近代漢方の基礎につき若干の解説をする予定です。

遠田弘一


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